気がつくと、俺は廃墟となったビルにいた。
向こうから現れたのは、チェンソーを手にした、あの場所の若い奴だった。
いきなりそいつが俺に向かってチェンソーを振りかぶる。
俺は、またしても、あっちの世界でチェンソーマンと戦っていた。
だが、その刃が俺に届く寸前、目が覚めた。
あっという間に朝が来た。
金曜日。さすがに疲れが出てきた。
身体ってのは、やっぱり正直なものだ。
車に乗ると、今日のラジオでは「ペリーと江戸幕府の外交」について語られていた。
史実では、江戸幕府は決して弱腰ではなかったそうだ。
むしろ、ペリーとしっかり渡り合い、船上晩餐会や相撲公演まで開催したとか。
うまい日本料理を食べながら、交渉のテーブルについたペリーの気持ちを思うと、少し笑えてくる。
今ではなんでも輸入に頼るけれど、本来日本は自国だけでやっていける国だったのだ。
令和の政府よ、江戸幕府で一度政治を学んでこい。
そんなことを思っていると、海が見えてきた。
今朝は霧がかかっていて、霧の向こうには黒く大きなシルエット。
まさか、黒船か?――なんて思っていたら、今日は年に一度の健康診断の日だったことを思い出した。
緊張感の走るあの場所の室内。
室温も空気もピリピリしている。
健康診断は昼からだが、朝から全員ソワソワしていた。
毎年受けているのに、毎年原因がわからない俺の息苦しさ。
まるで、チェンソーマンとの戦いの後遺症みたいだ。
そんな空気をぶち壊すように、掃除機おじさんが登場する。
ブォォォォォ――という掃除機の轟音。
それにイラついたあの場所の住人が、おじさんにキレ始めた。
典型的な「些細なことで争う」現場のはじまりだ。
確かに掃除機の音は室内で響きまくっていた。
それはもう、騒音でしかなかった。
だが、それが掃除機おじさんの仕事なのだから、仕方がない。
こうして「掃除機おじさん 対 あの場所の住人」の仁義なき戦いが幕を開ける。
争いはエスカレートし、ついには血圧計が壊れそうなほどの緊迫感に包まれる。
誰もが「巻き込まれたくない」と知らんぷりを決め込む中、俺は思う。
この戦いは、のちに「掃除機革命」と呼ばれるようになるのではないかと。
数十年後、ダイソンさんはこう語ったという。
「あの二人の争いがなければ、掃除機の進化は100年は遅れていたでしょう」と。
人間の怒りと騒音が、新たなテクノロジーを生む。
これぞ進化の皮肉。
ふと現実に戻ると、向こうではまだ争いの音。
こっちでは安全放送が鳴っている。
そのまた向こうでは、笑い袋おじさんが「ワハハハ!」と笑い声を届けていた。
会議室はどこも満室で、溢れた人々はオンラインで参加している。
昼を告げる鐘が鳴った。
俺は一目散に、うどん小屋へと走る。
今日は珍しく、うどん小屋が空いていた。
そうか、みんな健康診断に備えて食事を控えているのか。
俺はというと、まったく気にせず、うどん出汁を身体に流し込む。
これがないと午後が乗り切れない。
そして、いよいよ健康診断会場へ向かう。
毎年同じ古びたビルに、簡易的に設けられた特設会場。
もちろん、エアコンなんて洒落たものはない。
炎天下の中、長蛇の列に並ぶ俺。
「これ、健康診断で体壊すやつじゃね?」と思いながら、汗を拭う。
あれこれ検査が続き、ついに問診の時間。
現役を引退したおじいちゃん先生が、穏やかな声で俺を呼ぶ。
だが、この部屋にも当然エアコンはない。
おじいちゃん……それ、マジで倒れるぞ……。
それでも「熱中症に気をつけてくださいね」と言うあたり、根性がすごい。
そして、最後にやってくる最大の難関、採血。
俺が最も苦手とするそれ。
心を決めて顔を上げると、そこには、まさかのうどん小屋のおばちゃんが注射器を持って立っていた。
「じゃあ今から、血抜きますね〜」
その一言を最後に、俺の意識はスーッと遠のいていく。
微かに聞こえる、掃除機の音。
俺は、このままあっちの世界に、吸い込まれてしまうのだろうか……?
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