気がつくと朝が来ていた。
清々しい朝とは程遠い、どこか鉛のように重たい倦怠感。
布団の中でまどろみながら思う——起きるのが、つらい。
あぁ、大海原に浮かんで、クラゲのようにただ漂っていたい。
やがて現実が容赦なく呼び戻す。
車に乗り込んでエンジンをかける。
今日も、あの場所へ行くのか……。
俺はひとつ、大きなため息をついた。
憂鬱が、胸の奥にしっかりと居座っている。
道すがら、マネジメントについて考える。
今の社会は「信用」で成り立っている。
お金もそう。信用がなければ、数字はただの幻。
そしてこの時代を生き抜くには、その幻に乗る覚悟が必要だ。
ラジオからは、エリザベス一世についての話。
人を傷つけず、モチベーションを保ち、的確に指示を与える——
そんな芸術的マネジメントを体現した女王。
決断しない強さ、絶妙なバランス感覚、まさに綱渡りの女帝。
「明君は、時の采配によって生まれる」——
その言葉に、思わず涙が滲んだ。
車窓から海岸が見えた。
魚たちが朝ごはんをついばんでいる。
その健気な姿に癒されて、カメラを構えるも、
シャッター音を聞いた瞬間に、全員が一斉に逃げた。
……ごめんよ。
無警戒に見えて、常に警戒している。
自然界の生き物は、生きることに一所懸命だ。
命がけで、今日を生きている。
俺もまた、あの場所の門をくぐる。
戦場のような職場——いや、戦場と呼ぶには、あまりに牧歌的な風景。
気づけば意識が飛んで、深い眠りについていた。
夢の中、あっちの世界の門が見える。
踏み込もうとしたそのとき、現実の鐘が鳴った。
……そろそろ請求書を整理しなくてはいけない。
俺の一番重要な仕事だ。
今日も部署をグルグル回って、請求書作成のお願いをする。
「仕事とはいえ、俺は何をやってるんだろうな」
自動化の波が押し寄せるこの時代に、手入力の請求書。
まだ手書きじゃないだけマシか?
ハンコをペタペタ。これはこれで楽しい。
シャチハタって、偉いよな……。
「今月もおつかれさまです」
そんな挨拶をしながら請求書の回収だ。
なかには「自分、何やったか覚えてないんですけど」と言うやつもいる。
いや、お前、夢の中で仕事してただろ。
そいつも、あっちの世界に行く派なのかもしれない。
中小企業の管理職には、簿記3級が必須だと俺は思ってる。
簿記3級はコスパ最高の資格。
知識が現場で生きる、数少ない“ガチ”のやつだ。
そんな思索をしているうちに、うどん小屋の鐘が鳴る。
うどん小屋までダッシュする俺。
なぜか太ももが筋肉痛。あれ?何したっけ?
腰痛も年々ひどくなる。もうボロボロだ。
塩分を体内に補給して、エネルギーチャージ。
健康診断の結果が返ってくるのも、もうすぐ。
俺のうどんライフが、何らかの通知表として記されていることだろう。
午後からは、管理職の会議。
テーマは「マネジメント」だそうだ。
どうせまた、生産性のない無駄な時間が流れていくのだろう。
そう、今日も俺は午後から人生で最も無駄な時間を過ごすことになる。
自分のメンタルだけはマネジメントしないと、やってられない。
精神統一。無駄な発言はしない。
俺にはエリザベス一世がついている(気がする)。
明君は、時の采配によって生まれる。
あの場所の明君が現れる日は……来るのか?
管理職たちは今日も、休憩時間にカードゲームに夢中だ。
彼らには、あの会議室がカードショップに見えているらしい。
本気で海馬コーポレーションに就職したつもりなのか。
腕にはデュエルディスク。まじでつけてる。
いっそそのまま、カードの世界から帰ってこないでほしい。
青眼の白竜とブラックマジシャンが、きっと君を待ってる。
まぁ、言いたいことは山ほどあるけど、
俺は俺の“デュエル”を続けるとしよう。
この、綱渡りのような世界で——。
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