俺は、ばあちゃんの家がある山の中にいた。
きれいな清流が流れていて、まわりには田植えを終えた田んぼが広がっている。
俺の大好きな場所だ。
初夏の空気が、すべてをやさしく包んでいた。
そんな空気のなか、家の中からばあちゃんが出てきた。
「ひさしぶり」と声をかけられ、俺は笑ってうなずいた。
家に入ると、そこにはたくさんの桃が並んでいた。
ばあちゃんが「川で冷やしておいで」と言う。
川を覗くと、大きな魚が泳いでいた。
ふと気がつくと、今度は魚市場にいた。
生簀にはたくさんの魚がいて、カレイの姿も見えた。
子供のころ、よく釣っていた記憶がよみがえる。
今日は、いろんなところを旅してるなぁと思う。
「ばあちゃん、また会いにくるよ」
そう言って、俺はこっちの世界に戻ってきた。
今日は有給休暇を取っている。
朝はいつもよりゆっくりしていたから、向こうの世界での時間もゆっくり過ごせたのかもしれない。
これから、船の免許の更新講習がある。
そろそろ起きよう。
カーテンを開けると、太陽がしっかりと大地を照らしていた。
昨日の大雨のおかげで、空気が澄んでいる。
セミの声が響いてくる。元気いっぱいだ。
今朝は時間に余裕があるので、お茶漬けを食べることにした。
これがまた、うまいんだ。
コーヒーも淹れる。
よし、行くか。
……と思ったら、朝の通勤ラッシュにしっかり巻き込まれる。
間に合うか?
ギリギリ、なんとか間に合った。
やっぱり、朝の交通はちゃんと考慮しないとだめだな。
今日の講習は一日コースで、最後に修了試験まであるらしい。
長い戦いになりそうだ。
会場に入ると、まるで真冬のような寒さ。
寒い、寒すぎる。
そんなとき、講師の先生がエアコンの温度を上げてくれた。
会場から小さな歓声が上がる。
みんな同じ気持ちだったらしい。
ありがとう、先生。
先生自身も寒かったそうだ。
しばらくすると、会場の気温が一気に上がってきた。
午前の講習が終わったころには、まだ少し寒いけどだいぶマシになっていた。
昼はあたたかいものを食べたくて、近くの店で煮干しそばを見つけた。
あつあつの煮干し出汁が、体に沁み渡る。
気づけば、スープまで全部飲み干していた。
「ごちそうさま。おいしかったです」
外に出ると、夏の太陽がさらに俺をあたためてくれる。
午後の講習が始まる。
眠気との戦いだ。
会場の空気は、午前中よりもほんの少しだけあたたかく感じる。
エアコンの設定温度が変わったのか、それとも俺の身体が慣れてきただけなのか。
先生の声が、一定のリズムで流れていく。
そのリズムに誘われるように、まぶたがゆっくりと重くなっていく。
ふと隣を見ると、同じようにウトウトしている人もいた。
俺は、机の下でこっそり足をつねってみる。
痛い。でも、ちょっと目が覚めた。
午後の時間は、どこか夢の中にいるような、そんな不思議な感覚があった。
教室の窓の外では、青空に入道雲がむくむくと育っていた。
夏が本気を出してきたな、と思う。
やがて、講習の最後に近づく。
空気がすこしピリッとする。
いよいよ修了試験だ。
教室の前に配られた問題用紙。
ぱっと見ただけで、簡単じゃないとわかる。
いや、思ったより難しい……。
でも、ここまで来たんだ。
俺は覚えている限りのことを思い出して、ひとつずつ答えを書いていった。
途中でふと、午前に飲んだあたたかい煮干しスープの味がよみがえる。
あの一杯が、午後の俺を支えてくれている気がした。
なんとか全問埋め終えて、鉛筆を置く。
静かに深呼吸する。
試験は終わった。
講習会場を出た瞬間、外の空気が一気に身体に流れ込む。
冷えた室内にいたからこそ、夏の空気が妙に心地いい。
太陽の光がまぶしい。
それがちょっと、うれしかった。
「終わったな」
心の中で、そうつぶやく。
甘いものが欲しくなるのは、きっと緊張のせいだろう。
帰り道のカフェで、ふわっと甘いカフェラテを飲む。
ミルクの温度と、ほんのり苦いエスプレッソが、今の気分にぴったりだった。
たまには勉強で頭を使うのもいい。
ちょっと頭がズキズキするけど、それもまた一日を過ごした証だ。
空を見上げると、さっきの入道雲が太陽を少しだけ隠していた。
——これは、ひと雨くるかな。
でも今の俺なら、どんな雨でもちょっと楽しめそうな気がする。
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