「いかに自分らしく生きたか、最後に残るのはそれだけよ。」
ーー凪良ゆう『星を編む』
とても早く目が覚めた。
窓を開けると、涼しい風がすっと頬をなでた。
梅雨は昨日、明けたばかり。
今日は、久しぶりに完全オフの土曜日。
夜明け前の海を目指して車を走らせる。
夏の海は、やっぱり気持ちがいい。
もやに包まれた幻想的な太陽。
自然がつくり出す芸術作品みたいな朝焼け。
池のように穏やかな海。
島々が連なる瀬戸内海。
芸術の島と呼ばれるそのひとつひとつを、船で巡る。
釣り糸を垂らす。
静かな時間が、ゆっくりと流れていく。
……そう、それがいいんだよな。
穏やかに見えても、やっぱり海。
場所によっては流れも速いし、波も高い。
遠くから見る景色と、近くで向き合う景色はまるで違う。
魚を求めて、島々をぐるぐると回る俺。
「今日はクルージングだな」なんて思っていたら、
突然、竿に強烈なアタリが来た。
魚とのやり取り。
向こうだって、必死だ。
そして――釣り上げたのは、かつて“幻の魚”と呼ばれたやつだった。
……そう、かつてはな。
今では一番よく釣れる魚になりつつある。
海も、変わっていく。
俺が子供の頃に釣っていた魚も、今ではすっかり姿を消した。
自然の変化。
いま当たり前のことが、数年後には当たり前じゃなくなる。
人も魚も、同じだ。
未来なんて、誰にもわからない。
さらに釣りを続けると、ポロポロと釣れはじめた。
やっぱり、釣れると楽しい。
日がのぼりきって、気温が一気に上がる。
太陽がそろそろ本気を出しはじめた。
そろそろ引き上げよう。
夏は、暑さとの戦いでもある。
今日も、自然の恵みに感謝です。
帰り道、途中で立ち寄ったお気に入りの店で、骨付き鳥をかぶりつく。
これもまた、至福の贅沢。
こちらは生き物に感謝です。
家に戻り、釣り道具を片付ける。
洗い場の隅に、いつも仕事に履いていくズボンが置いてあった。
ふと見ると、なんと穴が空いている。
「お前も、よく頑張ったな」
ズボンに感謝を伝えて、新しいズボンを求めて街へ出た。
今では、どこに行っても安くて品質の高い服が手に入る。
けれど――忘れちゃいけない。
“安くて高品質”が大量に作られているということは、
世界のどこかで、それを作ってくれている人がいるということだ。
いわゆる「ファストファッション」。
この仕組みを知ること、本やドキュメンタリーに触れることは、とても大切だ。
物事の流れや構造を知ること。
それは、この複雑な世界で生きる、俺たちにいま一番必要なことだと思う。
それは、歴史を学ぶことにも似ている。
過去に学び、現代に生きる。
けれど――
過去を知ったからといって、未来がわかった気になってはいけない。
未来は、永遠に“未来”だ。
だからこそ、今この瞬間を大切に生きる。
食事をするときは、食事に集中する。
車を運転するときは、運転に集中する。
遊ぶときは、とことん遊ぶことに集中する。
そう、これが俺たちにできる“全集中”ってやつだ。
心を燃やせ。
そして、強く生きよう。
――新しいズボン、待ってろよ。
コメント