第三十七話「風を忘れて、夏が来た」

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日付が変わるその頃、俺は電車に揺られていた。

目的地があるようでないような、そんな深夜の電車旅。

手には読みかけの文庫本。けれどページは進まない。

眠気と、さっきまで飲んでいたビールの余韻が頭の中をふわふわさせて、文字の意味がうまくつかめなかった。

それでも本を閉じずに持ち続けていたのは、たぶん心のどこかで旅をしていたい気分だったからだと思う。

車内には意外なほど人がいて、それぞれの表情が、少しずつ違う物語を抱えているように見えた。

ふと目に入った、見慣れない駅の名前。

どうしてか、それが気になって、気がついたときには降りる準備をしていた。

真っ暗なホームに足を踏み出す。見知らぬ夜の街。静かで、風だけがすこしだけ動いていた。

目的地もなく歩き続ける時間は、不思議と心が落ち着く。

誰にも邪魔されず、誰のペースにも合わせなくていい。ただ、自分の足音だけを聞いて歩く。

そうしているうちに空が白みはじめ、遠くから音が近づいてきた。

それは、数台のバイクの爆音だった。

静寂の中に突き刺さるようなエンジン音。

その響きが体を揺さぶるようにして、俺ははっと目を覚ました。

まるで、夏の朝にふさわしい、型破りな目覚まし時計のようだった。

遠ざかる音を見送りながら、今日の予定をぼんやりと思い出す。

車を取りに行かないといけない。

明日はイベントもあるし、その準備も進めないといけない。

少し歩いただけで、身体がじっとりと汗ばみはじめていた。今日も暑くなりそうだ。

途中、広場では作業服を着た人たちが朝礼をしていた。

輪になって、真剣な顔つきで話を聞いている。

夏の土曜の朝に、すでにこんな風に働き始めている人たちがいる。その姿に、じんわりと背筋が伸びる思いがした。

冷たい水を一杯飲む。

喉を通る水の感触が、ようやく今日を始めるきっかけをくれる。

昨夜の歩きすぎがたたってか、足が少し張っていた。引きずるような足取りで、それでも前に進む。

道端には選挙ポスターが並んでいた。

「変わる日本」そんな言葉が、夏の陽射しを受けてまぶしく光っていた。

変わるだろうか。変わっていくのだろうか。そんな問いがふと浮かぶ。

自転車に乗った学生たちがすれ違っていく。部活だろうか。

そのあどけなさとまっすぐな目つきが、眩しく映った。

そのすぐあとに、ランニング中のおじいさんとすれ違う。

「おはようございます」と軽やかな声をかけられて、思わず笑みがこぼれる。

そのまま歩き続けていると、大きな野球場が見えてきた。

中では大学生らしきチームが試合をしていた。

スタンドに目をやると、「全国高等学校野球選手権 地区予選会場」の文字があった。

そうか、今年もあの季節がやってきた。

真夏の甲子園。

あの舞台に立つことを目指して、何百、何千の球児たちが汗を流している。

どんなドラマが待っているんだろう。今年は、どんな涙が流されるのか。

そんなことを考えながら、しばらくスタンドの横を歩いた。

やがて、ようやく車のある場所にたどり着く。

全身から汗が吹き出していて、Tシャツが背中に貼りついていた。

車のドアを開け、エンジンをかける。

エアコンから吹き出す風が、まるでご褒美のようだった。

ひと息ついてから、海へ向かう。

車窓から見える景色は、すっかり夏の色になっていた。

強い風が吹いていて、海辺の空気はどこかざらりとしていて心地いい。

まるで、大地の熱を鎮めるために自然が用意したサーキュレーターみたいだった。

そのとき、ふと先日食べたスープカレーの記憶がよみがえった。

汗をかきながら食べたあの味。スパイスが体の芯まで届いたような感覚。

調べてみると、近くに系列店があることがわかった。

店に入って、再びスープカレーを食べる。

鶏肉はほろほろで、スプーンが止まらない。

暑い日こそ、こういうものが身体を元気にしてくれる。

スパイスが体をめぐり、気持ちまで前向きになっていくのがわかった。

食後、明日のイベントの準備を思い出す。

必要なものを頭の中で確認していく。その中に「サーキュレーター」があった。

これは、今日中に買っておきたい。

そのままホームセンターへ向かい、いくつかの商品を見比べながら一台を選ぶ。

風量も音も申し分なし。これなら明日、きっと役に立つ。

レジで袋に入れてもらい、笑顔で「ありがとうございました」と店を出る。

車に戻り、しばらく海沿いの道を走る。

日が傾きかけていて、窓の外の風が心地よい。

ようやく家に戻ったころ、空には薄い雲がかかり始めていた。

玄関を開けて、今日の一日を思い返す。

ふと、ある違和感に気づく。

「…サーキュレーター、どこだ?」

玄関にも、車の中にも、それらしき袋はない。

バッグの中をのぞいても見当たらない。

記憶を巻き戻す――店、レジ、支払い……その先が、空白になっている。

やってしまった。

サーキュレーターは、たぶん店に置き忘れてきた。

レジの脇の棚に、ぽつんと俺を待っているかもしれない。

窓の外から吹き込む自然の風が、少しだけ申し訳なさそうにカーテンを揺らしていた。

俺は深く息を吸い、サンダルを履いた。

この夏の始まり。

まずは、風を取り戻しに行くところからだ。

おでの名前はタケルやで!

ちっこいのは最近、正社員になったダイチや。
旅好きなおでは後輩のダイチと
素敵な場所を
探して日々旅をしとるんやで。
ダイチと旅で見つけた
素敵な場所を
『タケルが行く』で紹介していくのでよろしくや!

ータケルの選手名鑑ー
選手名 タケル
ポジション 投手
背番号 16
利き手 右投げ左打ち
出身地 アルゼンチン
好きな食べ物 リンゴ

ーダイチの選手名鑑ー
選手名 ダイチ
ポジション 投手
背番号 14
利き手 右投げ右打ち
出身地 長崎
好きな食べ物 きびだんご

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