「世界は日々変化しているんだよ、ナカタさん。毎日時間が来ると夜が明ける。でもそこにあるのは昨日と同じ世界ではない。そこにいるのは昨日のナカタさんではない。わかるかい?」
―― 海辺のカフカ(村上春樹)
少し肌寒い朝だった。
けれど空気は透き通っていて、昨日降った雨が世界を洗い流してくれたように、全てが新しく感じられた。太陽の光が大地をやわらかく照らし、どこか神話の一節のようだった。
通りを歩くモフモフの生き物たちの足取りは軽く、まるで彼らもこの朝の魔法に気づいているかのようだった。
俺は彼らに小さく手を振って、バイクにまたがる。目指すは――芸術と海の街、玉の街。
野を越え、深い山を越えると、その場所は現れた。
海にはおおきな船、ちいさな船。水平線の向こうには、たくさんの島々が浮かび、太陽の光が海面に跳ね返ってきらめいていた。
街を歩く人々の目にもこの美しさは映っているようで、誰もがどこかやさしい表情をしている。
この風景こそ、自然と人が共に作り上げた芸術だった。
港の片隅で、ふと目に留まったのは古い地図。
それはこの街の、遥か昔の姿を描いたものだった。
そこに描かれた海の上に、俺は今立っている。
――この場所は、もともとは海の底だったのだ。
人が土地を作り、港を築き、街を造った。
けれど、そうやって築かれたこの場所の空気には、まだ自然の香りが色濃く残っていた。
人もまた、自然の一部なのだと、この地に立って思う。
港のベンチに腰掛けて、ぼんやりと空を見上げた。
海を照らす太陽がまぶしくて、目を細める。
心の奥が温かくなる。
この感覚が、まだ自分の中にちゃんと残っていることが、ちょっと嬉しい。
俺は、今日もこの世界を旅している。
変わりゆく世界の中で、変わりゆく自分と出会うために。
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