昨夜の心地よい疲労感が、まだ体にやわらかく残っていた。
全身にほのかな筋肉痛があるが、それすらも悪くない。
深く、よく眠れた。そういう朝は、それだけで一日が整って見える。
昨日の光景が、ふとした瞬間に浮かんでくる。
そうだ、花火大会だった。
たくさんの人でにぎわい、笑い声と浴衣の色が夜の河川敷をにぎやかに染めていた。
なかでも驚いたのは、日本政府の中枢にいる超大物の議員が、地元のイベントに訪れていたことだった。
現職の閣僚経験者で、ニュースでもよく目にする存在。
大きなSPの姿が見えたときには「誰が来ているんだろう」とざわついたが、その本人が姿を現すと、場の空気が一変した。
硬い空気をまとう警護の輪の中で、その人だけはとても自然だった。
堅苦しさのない笑顔で、一人ひとりと丁寧に握手を交わしていた。
俺も、その列の中に混じって、ほんの短い時間だったが握手をしてもらった。
大きく、分厚いその手には、確かに何かの「重さ」が宿っていた。
ただの儀礼ではなく、経験と責任の重なりが滲んでいた。
そんな前日の余韻を引きずったまま、静かな日曜日がはじまる。
腰に違和感を抱えながら、慎重に布団から身体を起こす。
今日の予定はない。それだけで少し救われる気持ちになる。
朝ごはんは、昨日の花火大会でいただいたポテトを温めた。オーブントースターの中でほんのり色づき、香りを取り戻す。
それに味噌汁を添えると、どこか懐かしいような、落ち着いた朝食が完成した。
塩気と出汁の組み合わせが、やけに身体にしみわたる。
何でもない食卓に、少しだけ幸せを感じる。
身支度を整え、玄関を開けると、もう夏の陽射しが全開だった。
車に目をやると、雨の跡やほこりでずいぶんと汚れていた。
思い立って、ガソリンスタンドへと向かう。
洗車機に入れると、泡と水の動きが車体を包み、太陽の光が水滴に反射してきらきらと輝いた。
こうして整えられていく車を眺めていると、こちらの気持ちも自然と整ってくるような気がした。
スマホには、次のイベントの案内。
「領収書が必要です」とあった。
文房具店に行く前に、少し遅めの昼ごはんを食べようと思い立ち、回転寿司の店へ。
店内は涼しく、酢飯の香りがほんのり漂っていた。
目の前を流れていく皿の上には、赤く光るマグロ、透き通るイカ、つややかなイクラ、歯ごたえの良さそうなタコ……
どれもこれも、ひと目で「美味しそう」と思わせるものばかりだった。
小皿を手に取りながら、それぞれをゆっくりと味わう。
マグロはしっとりと舌にまとわりつき、イカはその上品な甘さが印象に残った。
イクラは口の中で弾けるたびに、海の記憶を届けてくれるようで、タコは噛みごたえのなかにやさしい甘みがあった。
そして、やっぱり最後は炙りサーモン。
炙られた脂の香ばしさに、マヨネーズのコクが重なるあの一皿。
いつ食べても、どこか安心できる味がそこにある。
以前に比べて、ネタもシャリも少し小さくなったような気がする。
でも、この物価高のなかで、こうして手軽に寿司を楽しめる場があることに感謝すべきだと思う。
たっぷり味わって、しっかり満足した。
その足で文房具店へ。
領収書用のハンコを作る相談をしに行く。
字体や配置、サイズなど、選ぶことが意外と多くて、店員さんとあれこれ話しながら方向性を決めていった。
「あと30分ほどお時間をいただけますか」と言われ、店をあとにする。
少し時間もあるし、最近気になっていた車を見に行くことにした。
軽トラのような実用性のある車が欲しい。
イベント道具がしっかり積める車は、やっぱり便利だ。
けれど、低く構えたスポーツタイプにも、つい目がいってしまう。
走りの楽しさやデザインの魅力に、心が揺れる。
車って、道具でありながら、どこか夢そのものだ。
気づけば、空の色がやわらかくオレンジに変わっていた。
帰り道、酒屋に立ち寄り、ウィスキーを一本手に取る。
夜は、ラジオで紹介されていた映画を観ながら、ゆっくり飲もうと思っていた。
テーマは「プロパガンダ」。
人の心が、どのようにして言葉に動かされ、映像に導かれていくのか。
表現の力を、静かに見つめ直してみたかった。
それは、明日から再び向かう“あの場所”での自分の在り方にも、きっと何かしらのヒントをくれる気がしている。
何気ない日曜日。
でもそのなかに、静かな余韻と、小さな出会いがいくつも詰まっていた。
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