土砂降りの中、俺はどこかの講習会場にいた。
靴はびしょ濡れで、足元が重い。
会場にはちらほら顔見知りもいたが、なぜここにいるのか思い出せなかった。
講義が始まるらしい。スライドに映し出されたのは、見覚えのある“顔”だった。
それを見た瞬間、世界が反転するような感覚に包まれた。
目覚ましのアラームが鳴る。
こっちの世界に、戻ってきた。
しばらく、自分が誰なのかを考える。
何者で、どこにいて、これからどこへ向かうのか。
そんな問いを頭の中で反芻しながら、カーテンを開けた。
今日も、眩しいくらいにいい天気だった。
夜中にエアコンが切れたのか、身体が熱を帯びている。
扇風機をつけて少し冷やし、それから歯を磨いて服を着替える。
車に乗り込み、エンジンをかけた。
ラジオのスイッチを入れると、今日の特集は「独裁者」だった。
「独裁者は、プロパガンダを用いて人々の感情を操った。
怒り、恐れ、誇り。人の心を動かすのは、いつの時代も“言葉”である」
語りは続いていく。
独裁者は選挙で選ばれ、合法的に首相となった。
だが、そこからが本当の始まりだった。
「この国には“大統領”がいた。
非常事態には、憲法すら超えて命令を下す力を持っていた。
それを独裁者は利用した。いや、“悪用”したと言うべきかもしれない。
民主主義を嫌った大統領は、最も人気のある首相に全権力を手渡したのだ」
この国の話じゃない。
でも、どこかで見たことのあるような風景が、頭に浮かぶ。
選ばれし者による暴走。
“正義”と“秩序”の名のもとに行われた非道な支配。
それは遠い過去の物語であるはずなのに、なぜか、今の自分に近づいてくるような気がした。
ラジオの語りが途切れたとき、俺はあの場所がある街に着いていた。
太陽の光が背中を押す。
あの場所の門を通ると、門番がホースで水を撒いていた。
いつものようにタイムカードを押し、はじまりの鐘が鳴るまでのわずかな時間をうつ伏せで過ごす。
眠気はあるのに、眠れない。
それでも、やがて鐘が鳴り、一日が始まった。
じっと座っていると、腰が痛くなる。
立ち上がって歩く。
定期的に、ただ歩く。
そうしないと、気持ちが爆発してしまいそうだった。
眠気と腰の痛みに耐えながら、うどん小屋の鐘を聞いた。
灼熱の昼。
うどん小屋へ向かい、きつねうどんを注文する。
変わらぬ味、変わらぬ日常。
だが、胸の奥に、ふとした違和感がよぎった。
何かが、変わらなければいけない。
そんな気がして、きつねうどんをすすりながら、昨日のナイターの結果を眺める。
サヨナラ負け。
今年も厳しいかもしれない。
でも、諦めたらそこで試合終了。
……いや、時には諦めも必要かもしれない。
やっぱり、そう思った。
そう呟いた直後、隣の席のおじさんがギャンブルの話をしていた。
どうやら大負けしているらしい。
それでも、その目には諦めの色がなかった。
俺は小さくうなずきながら、心の中で彼にエールを送る。
午後。
あの場所に戻ると猛烈な睡魔に襲われた。
何か大きな力が、俺を“あちらの世界”へと引っ張っている。
“向こうの世界の独裁者”に会いに行くんだ。
そうすれば、きっと、この世界で生き抜く術が見えてくる。
目を閉じた瞬間、世界が切り替わる。
真っ白な世界に、俺は立っていた。
目の前には、巨大な宮殿のような建物が聳え立っている。
恐る恐る近づいていくと、看板にこう書かれていた。
「心と時の部屋」
その部屋には、食料と水が備えられていた。
「ここで鍛えろ」――そんな声が、どこかから聞こえた気がする。
次の瞬間、重力が急激に増し、吹き荒れる風が吹雪へと変わる。
過酷すぎる環境の中で、俺は問いかける。
どうやって、生き残ればいい?
手を伸ばし、食料庫を開けて湯を沸かす。
そして、うどんを作る。
あの場所の、変わらない味を思い出しながら。
この部屋で、俺は何を得るのだろう。
そして、目覚めたとき――
俺は、何を変えられるのだろうか。
コメント