午前四時。
目覚ましよりも早く目が覚めた。
今日から大型連休が始まる。
初日は沖に出ると決めていた。
まだ寝静まった家をそっと抜け出し、車に乗り込む。
エンジンをかけ、港へ向かった。
外はまだ夜の中。
街灯の光が路面ににじみ、すれ違う車もまばらだ。
港に着くと、地面がしっとりと濡れていた。
どうやら昨夜、雨が降ったらしい。
頬をかすめる空気は夏とは思えないほど冷たい。
思わず深く吸い込む。
エンジンをかけ、ロープを外す。
夜明けが海の向こうからじわじわと近づいてくる。
ライフジャケットを締め、ゆっくりと港を離れた。
波一つない海は、鏡のように静まり返っている。
その水面に、うっすらと朝焼けのオレンジが溶けていく。
空と海の境目が消え、世界がひとつに溶け合うようだった。
遠くでは鳥が低く鳴き、羽音が静寂を切り裂く。
それ以外は、ただ自分と海だけの時間が流れていた。
ポイントに着くと潮は悪くない。
いや、むしろ良い。
胸の奥で期待が膨らむ。
釣り糸を垂らし、息を潜める。
しばらくは全くあたりがない。
なぜだ。潮も時間も悪くないはずなのに。
だが、海の上はただいるだけで心地いい。
時間がゆっくりと溶けていく。
「今日はもう諦めようか」
そんな言葉が心の端に浮かんだとき、ふと、あの名言が頭をよぎる。
――諦めたらそこで試合終了ですよ。
そうだ。
まだ潮止まりまで時間はある。
ポイントを変える。
その瞬間、竿が大きくしなった。
次の瞬間、リールからドラグがけたたましく鳴り出した。
糸が止まらない。どんどん出ていく。
魚は暑さに負けず、全身で抵抗してくる。
海底に突き刺さるような力強い引きだ。
手のひらが痺れ、感覚が薄れていく。
それでも竿を離せない。
駆け引きの間にも、波は一切立たない。
静まり返った海の上で、竿とリールだけが命のやり取りをしている。
やがて、水面の下で銀色の影が翻った。
光を反射しながら巨大な魚が姿を現す。
慎重に船へ引き寄せ、無事に取り込む。
イケスに魚を入れ、再び仕掛けを落とす。
すると立て続けにあたりが来た。
まさに時合い到来。
十分な釣果を得たところで港に戻ることにした。
帰路、巨大なタンカーがタグボートに伴われて進んでくる。
海には海のルールがある。
作業船の邪魔をしない。
それが鉄則だ。
大きく舵を切り、進路を譲った。
港に着くと、涼しい風が頬をなでた。
船をロープで固定し、イケスを覗くと、釣った魚たちがまだ元気に泳いでいる。
「大きくなってまた会おう」
そう声をかけ、海へ帰す。
片付けを終えると、汗がじんわりと滲んできた。
昼からは明日のイベント準備がある。
家に帰り、安全運転で移動する。
昼食は久しぶりにカップラーメン。
こういう時のジャンクな味は、妙に心を満たしてくれる。
食後、横になるとすぐに眠りに落ち、目を開けたら一時間が経っていた。
午後は黒板にメニューを書き、必要な備品を車に積み込む。
天気予報は夜から雨。
明日も降りそうだが、今回は屋根のある会場だから安心だ。
忘れ物がないか念入りに確認し、準備を終える。
夕方、予報通り雨が降り始めた。
窓越しに外を眺めながら、あっという間に休みが一日終わったことを実感する。
大人の夏休みは、子どもの頃よりも短く感じる。
だからこそ、一日一日を大切にしなければならない。
スマホで野球の結果を見れば、見事な完封負け。
苦笑いしながらも、「明日からまた頑張ろう」と小さくつぶやいた。
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