ここはどこ?わたしはだれ?
ぼんやりとした意識のまま、天井を見上げる。
昨夜はエアコンをつけなくても寝られた。ほんの少し涼しかった気がする。
朝の空気に夏の終わりの予感を感じながら、俺は身を起こした。
外に出ると、空は分厚い雲に覆われている。けれど雨の気配はない。
湿った風が首筋をなでていった。
そうだ。あの場所に行かなくては。
俺の三連休は、まるで一瞬の夢のようだった。
起きたらもう、いつもの日常が立ちはだかっている。
車に乗り込み、無心でエンジンをかけた。
煩悩を断ち切って悟りの境地に達する。そんなイメージで走り出す。
ラジオからは、禅宗と浄土教についての解説が流れていた。
「坐禅の姿が、すなわち仏の姿であり悟りの姿…」
…うん、やっぱり難しい。
でも少しだけ、わかるような気もする。
車窓から聞こえる、セミの大合唱。
ああ、今週もまた始まるんだなと、無意識につぶやいていた。
あの場所の門をくぐる。
空気が重たい。いや、それは俺の気持ちのせいだ。
始まりの鐘まで、まだ少しだけ時間がある。
だから俺は目を閉じて、意識を向こうの世界へと委ねた。
…気づけば、俺は目を覚ましていた。
ここは向こうの世界なのか、それとも現実の延長なのか。
どちらにせよ、あまり居心地がいいとは言えない。
なぜここにいるのか。
何をしていたのか。
はじまりの鐘が鳴り、すべての思考が打ち消される。
三連休のあとのこの感じ。
先週何をしていたかを思い出すだけで、もう脳が疲れてくる。
この場所から早く抜け出したいという思いと、
それでも自分はここにいるという事実のあいだで揺れる。
「価値観とは…一体」
そうつぶやいたとき、朝のラジオを思い出す。
坐禅とは、何もしないことを肯定する姿勢だったっけ。
無になろう。
そう決めて、会議室の椅子に身を沈めた。
午前中は、恒例の申し送り会議。
中身はいつも通り。なのに時間だけは長い。
時計の針はまだ午前を指している。
昨日買ったタコせんべいをかじりながら、
ふと「これが今の自分の人生の味かもしれない」と思った。
うどん小屋を告げる鐘が鳴る。
外に出ると、蒸し暑さに思わず声が漏れる。
「…あっつ」
風がない。太陽だけがじりじりと照らしてくる。
うどん小屋には、いつものメンバーが集まっていた。
気づけば、このうどんを食べ続けて数年になる。
来週、健康診断の結果が返ってくる。
数字次第では、明日からのうどん小屋の出入りにも影響がある。
ある意味で、うどん小屋年間パスポートの更新審査。
それでも、目の前のうどんはあつあつでうまい。
出汁までしっかりいただいて、手を合わせた。
午後の太陽のもと、再びあの場所へ向かって歩く。
風はなく、空は真っ青。
少しだけ、頭が痛くなってきた。
早く室内に入ろう。
席に戻り、残ったタコせんべいを口に運ぶ。
午後からは学生が見学に来る予定らしい。
彼らの緊張した顔を思い浮かべると、なぜか背筋が伸びた。
「将来、しっかり考えて選ぶんだぞ」
そんな言葉をかけてあげたくなる。
最近の就職は、学生有利の売り手市場。
だからこそ、選ばれる側である俺たちも、
選ばれるにふさわしい場所であらねばならない。
昼の鐘が鳴り、学生たちがやってきた。
緊張しながらも、その顔はどこか希望に満ちている。
若いって、やっぱりいいな。
心から、そう思った。
学生たちは、あの場所を去っていった。
今日もまた、あの場所での一日が終わろうとしている。
残ったメールをさばき、最後の会議をやり過ごす。
生産性ってなんだろう。
誰かのために働いているつもりだけど、
本当に誰かの役に立てているのだろうか。
そんなことを考えながら、ふとタコせんべいの袋を見つめる。
もう中身は残っていない。
袋をそっと丸めて、机の端に置いた。
明日は少しだけ、今日よりも前を向けるといいな。
そんな気持ちで、俺は席を立った。
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