一つの、長くて長くて、どこか遠くの記憶のような物語を読み終えた。
いろんな世界を旅する話だった。
気がつくと、自分もその物語の中にいた気がする。
目が覚めると、雨の音が耳を叩いていた。
しっかりとした、芯のある雨だった。
その雨音の向こうから、小さな鳥の声が聴こえてくる。
こんなに濡れる朝なのに、君たちはどこで鳴いているのだろう。
金曜日。雨降る朝。
今週最後の、あの場所へ向かう日。
山には分厚い雲がかかっていて、まるで世界がまだ目を覚ましていないかのようだった。
ラジオが話し始めた。今日からテーマはガンディー。
「非暴力・不服従」で知られる、インド独立の父。
彼はどうやって暴力に立ち向かい、非暴力を貫いたのか。
なぜ彼の言葉に、人々は心を寄せることができたのか。
きっとその中に、俺が知りたい答えがある。
しっかり聴こうと思った。
気がつくと、あの街に着いていた。
そして、雨の中をあの場所へと歩く。
門の前に立つと、いつもの住人が「働き方改革」の旗を掲げて、なにか語っていた。
だが、その声は雨にかき消されて、何ひとつ聴こえない。
ただはっきりしているのは、この雨の中、朝から門の前に立たされているようでは、何も改革なんてできないってことだ。
俺は雨の中、またこの場所に来た。
あと一日。
長い長い、一日の始まりだ。
はじまりの鐘が鳴るまでは、少しだけ向こうの世界へ行くことにした。
気づけば、どこかの山の上。展望台のある建物にいた。
隣には、廃墟になったリゾートホテルのような建物。
近くには、船で使うフライホイールのような鉄の塊。
展望台からは、広い海が見えた。
俺はこの場所を知っている。
けれど、名前が思い出せない。
こっちの世界では、太陽が大地と海を照らしている。
そのとき、どこからかリズミカルなタイピング音が聴こえてきた。
規則正しいはずの音なのに、なぜだか心がざわつく。
不愉快な気持ちが膨らんでいく。
ふと身体がふらっと揺れて、次の瞬間、俺はあの場所に戻っていた。
耳に残っていたのは、あのタイピング音だった。
あぁ、ストレスだ。
それは、ジワジワと忍び寄って、俺を包み込む。
なぜ、こんなにもこの場所は俺を苛立たせるんだろう。
油断すれば、衝動的になってしまいそうな自分が怖い。
だから思い出す。ラジオの中のガンディーの言葉を。
まずは、午前を乗り切ることから始めよう。
やがて鳴り響く、うどん小屋の鐘。
今日は「牛のしぐれ煮うどん」にすると、朝から決めていた。
最後の力を出し切るために、七味をしっかり入れる。
少し入れすぎたけど、それでも構わない。
牛しぐれの脂が、じんわりと身体に沁みていく。
昼を過ぎる頃、雨が止んだ。
まるで一瞬だけ、梅雨が戻ってきたような空だった。
そして再び、あの場所に戻る。
そのとき、ふと気がついた。
カレンダーを見上げると、いつもより赤い数字が多い。
――あ、三連休だ。
うれしさのあまり、目から雨粒のようなものが落ちていく。
通りで、海馬コーポレーションから来ている派遣の連中も、朝からやけにテンションが高いわけだ。
とくに「笑い袋おじさん」はテンションが上がりすぎて、笑い袋が何度も誤爆していた。
久しぶりの三連休。
みんながワクワクしている。
中には、有給を駆使して五連休にしている猛者まで現れた。
この貴重な三連休、俺も大切に使いたい。
天気予報を見ると、晴れマークがずらりと並んでいた。
最高気温は――…うん、見なかったことにしよう。
それでは、皆さま。
良い週末をお過ごしください。
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