深夜、暑さで目が覚めた。
額にじっとりと汗がにじんでいる。
昨日の夜市の賑わいと、気になる選挙結果が頭をよぎる。
三連休の最終日。今日は隣の県へ足を伸ばす予定だった。
もう少しだけ、まどろみに身を預けよう。
セミの声に包まれて、朝がはじまる。
頭が少し重たい。どうやら日差しにやられたようだ。
薬を飲み、スマホで選挙結果を確認する。
「なるほど……」
思わず、ひとこと。
この結果を、政府はどう捉えるのか。
しばらくは、注視が必要だな。
さて、出発前にやることがある。
船に軽油を補給しておかないといけない。
俺は港を目指した。
空は雲が多く、湿度も高い。
夏だというのに、どこか例年と違う空気を感じる。
それでも季節は、しっかりとこの場所に根を下ろしている。
ガソリンスタンドで携行缶に軽油を入れ、港へ向かう。
船に軽油を流し込みながら、手をそっと添えて言う。
「また次も、頼むな」
まるで相棒に語りかけるように。
港では、タグボートが静かに海へと出ていった。
祝日でも、海の仕事に休みはない。
頭が下がる思いだ。
堤防には地元の釣り師たちが集まり、原付を横付けにして釣り糸を垂れている。
このあたりの定番の風景だ。
視線の先には、大きな橋がかかっていた。
世界一の吊り橋。
海と空を結ぶその姿は、力強く、美しかった。
さて、給油も完了した。
俺は、今日の目的である“玉子焼き”を目指して、東へ向かう。
久しぶりの県外ドライブ。
高速道路に乗り、車を走らせる。
空は抜けるように青く、雲はもくもくと浮かんでいる。
エアコンを効かせても、車内は夏の熱気に包まれていた。
いくつか休憩を挟みながら、目的地にたどり着く。
そこは、老舗の玉子焼きの名店。
この街は、タコで有名な土地だ。
そしてここの“玉子焼き”は、ふわふわに焼き上げた卵の生地を、特製の出汁と塩でいただくというもの。
まるで小さな茶碗蒸しを、箸でつまめるように仕立てたような、優しい味わいだ。
さらに、地元で獲れた“タコ足のおでん”も名物らしい。
しっかりと出汁の染み込んだタコ足は、やわらかくて、口の中でほどける。
噛むごとに、海の記憶が広がっていく。
「タコ、減ってるんだって」
そんな声が耳に入る。
だからこそ、大切に味わいたい。
ほどなくして、玉子焼きが運ばれてきた。
まずは塩でひとくち。
次に、特製の出汁につけて。
最後は出汁のスープで、喉を潤す。
「うまかったぁ……」
思わず声が漏れる。
店を出るとき、自然と頭が下がった。
この街には、タコせんべいという名物もある。
歩く人々が手にしている、大きくて薄い、丸いせんべい。
土産用にと店に入ると、レジのおばちゃんが「これ、よかったら」と言って、割れたせんべいをおまけでくれた。
割れているとはいえ、それは見事に大きく、しっかりとした存在感のあるせんべいだった。
「おばちゃん、ありがとう」
そう言って顔を上げたとき、そこにはもう誰の姿もなかった。
ふと視線を奥に向けると、湯気の立つうどんが見えた。
そのうつわは、どこか見覚えのある模様だった。
……あのうどん小屋のおばちゃんの手かもしれない。
橋を目指して、海辺へと足を伸ばす。
目の前に広がるのは、夏空と海にまたがる巨大な吊り橋。
ただただ、圧倒される景色。
「絶景だな……」
思わずつぶやく。
まだまだこの国には、知らない景色がたくさんある。
そのひとつひとつを、自分の足で巡ってみたいと思う。
帰り道も、高速を使って帰る。
途中、眠気に襲われたが、運転中は“向こうの世界”に行くわけにはいかない。
ちゃんと休憩をとって、無理せず帰る。
無事、家にたどり着き、袋からタコせんべいを取り出す。
ひとくち、かじる。
ピリッと効いた七味の辛さに、ふっと、あのうどん小屋の記憶がよみがえる。
あの味、あの声、あの手。
きっとまた、どこかで出会える気がする。
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