第五十七話「静かな凪と、記憶のない航路」

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どりゃぶりの雨の中、俺は知らない街を歩いていた。

向こうの方で誰かが話している。だが、雨音にすべてかき消される。言葉は粒となって、空気の中に溶けていく。

熱帯夜。久しぶりに、本格的な熱帯夜を過ごしている気がする。

今日は有給休暇。

それだけで少しうれしい。

あの場所のことは……そう、今日は忘れよう。

やることもたくさんある。けれどその前に、沖に出たかった。

昼前から風が強くなる予報。ならば夜明け前が勝負だ。

港に着いたのはまだ空が薄青い頃。

風はまるでない。ベタ凪だ。

静けさの裏側に、別の時間が眠っているような気配があった。

出港前の準備をしながら、顔見知りのおじさんに最近の海の様子を聞く。

「昨日は潮が止まってたけんな。今日はええかもしれんよ」

その言葉に背中を押され、俺は海に出た。

平日の海。

どこか現実から切り離されたような感覚になる。

船の上には俺ひとり。

海の上なのに、セミの合唱が空気を揺らしている。

夏だな。

釣り糸を垂らす。釣れても釣れなくても、かまわない。

ただ、海に浮かんでいる。それだけでいいと思えた。

クラゲが今年は異常に多い。

水面下でゆらゆらと漂いながら、まるで別のリズムで生きているようだ。

そう思ったときだった。遠くで鐘の音がした。

あの場所の、はじまりの鐘。

そう、海の上でも聴こえるのだ。この鐘の音は。

――ゴォン……。

音が響くと同時に、風が吹いた。

強い風。急速に空が灰色に変わっていく。

これは……やばい。

急いで港へ戻る。風と霧は海では命取りになる。

魚には出会えなかったが、それでもいい航海だった。

港には漁師たちの船も次々と戻ってきていた。

彼らの生簀には魚がいっぱいだ。

やはりプロはすごい。

港で重鎮に会った。

「昔はもっと魚も獲れたけどなぁ」

そう言って、遠くの海を見つめるその眼差しには、どこか不思議な色があった。

海が変わったのか。それとも……。

歴史を聞くのは面白い。

俺たちは、今、どんな流れの中にいるのだろう。

朝ラーメンをすすって、次の目的地へ向かう。

今日の有給休暇、一番の目的は保健所に行くことだった。

飲食店に関する保険に入るためだ。

保健所に着くと、駐車場はかつてないほどの混雑。

何が起きている?

車からは親子連れが次々と降りて、隣の建物に吸い込まれていく。

夏休みの催しか何かだろうか。

なんとかスペースを見つけて車を停めた。

保健所の係の人に挨拶をして、手続きを受ける。

いまの季節はやっぱり食中毒。

説明を聞きながら、俺は改めて気を引き締める。

一番大事なのは、手洗いと消毒、そして食品の管理。

保険というのは、起きるかもしれない“何か”に備えるものだ。

何もなければそれでいい。

それでも備えておく。

保険はお守りのようなもの。信じて持つものだ。

家に戻って、少し横になる。

早朝から動いていたから、まだ午前中だというのに身体が少し重い。

そして今日は、うどん小屋の鐘は鳴らない。

そう思ったとき、ふと、意識が滑り出した。

俺は再び、あの世界へと旅立っていた。

晴れ渡る空。

地面は濡れていた。さっきまで雨が降っていたらしい。

濡れた地面が、太陽の熱であっという間に乾いていく。

この世界も、灼熱。

けれど、こちらの世界には“時間”がない。

いや、時間がないのではなく、“時間の流れ”というものが一定ではない。

行きつ戻りつ、形を変え、どこかへ消えていく。

それはワープとは違う何か。俺にも説明できない。

ただ一つわかるのは、この世界の出来事は――向こうに戻ると、すぐに忘れてしまうということ。

俺は確かに、どこかにいた。

けれど、どこだったのかは思い出せない。

それだけが、確かなことだった。

昼からは明日の夜市の準備を始めよう。

昼の光がゆっくりと夜に溶けていく、その瞬間が好きだ。

夏の夜は、まだまだこれからだ。

外に出ると、アスファルトが熱で波打っていた。

大きなクーラーボックスを買った。

明日は氷をいっぱいにして、ハイボールを作ろう。

準備は整った。あとは日が陰るのを待って、車に積み込むだけだ。

それまでの、ほんのひととき。

俺はもう一度、まぶたを閉じることにした。

外ではセミが鳴いている。夏の音が遠ざかる。

眠りの狭間に、あの世界は静かに口を開ける。

時間のない場所。重さも形も、意味すらも揺らぐ場所。

有給休暇の午後、俺は再び、その場所を旅する。

――夢か現か、その境界線の先へ。

おでの名前はタケルやで!

ちっこいのは最近、正社員になったダイチや。
旅好きなおでは後輩のダイチと
素敵な場所を
探して日々旅をしとるんやで。
ダイチと旅で見つけた
素敵な場所を
『タケルが行く』で紹介していくのでよろしくや!

ータケルの選手名鑑ー
選手名 タケル
ポジション 投手
背番号 16
利き手 右投げ左打ち
出身地 アルゼンチン
好きな食べ物 リンゴ

ーダイチの選手名鑑ー
選手名 ダイチ
ポジション 投手
背番号 14
利き手 右投げ右打ち
出身地 長崎
好きな食べ物 きびだんご

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