最近、向こうの世界に行くことが少なくなった。
いや、行ってはいるのだろう。けれど気づかないまま、気づけないまま、目が覚めてしまう。
気づけば朝。
そして、いつもの時間が来る。
あの場所へ向かう時間。
あの、海の見える、少し寂しげな、けれど懐かしさが漂うあの場所へ。
身体は正直で、日々少しずつ、けれど確実に弱っている気がする。
頭では「大丈夫だ」と思っていても、足元は違うことを言っている。
そんなことを考えていると、今日もラジオがついていた。
今朝は中世ヨーロッパの騎士について。
争いのないとき、騎士たちは農場の経営をしていたらしい。
武士と似たようなものだな、と少し笑った。
誰でもなれたわけじゃない。けれど、王様も騎士になれた。
騎士には「定義」がなかった。
なのに、限られた者しかなれなかった。
定義がないからこそ、そこには“空気”と“期待”があったのだろう。
そう考えると、サラリーマンも似ている。
定義がない。けれど何かに縛られている。
昔は、大企業に入ることが“騎士の称号”だった。
今はベンチャーやスタートアップ。
騎士の構造に似ている。けれど、やはりどこか違う。
ふと外を見ると、子どもたちがラジオ体操に向かっている。
首からぶら下げたカードが揺れている。
あれは、あれで“勲章”みたいなものだな。
あの場所についた。
海は見える。風は吹かない。
パソコンが、タイムカード用のパソコンが、調子を崩していた。
暑すぎたのだろうか。
強制終了。再起動。まるで自分のようだ。
少し時間はかかったが、無事に立ち上がった。
「お前も、夏休みが欲しいよな」
自分の席につき、パソコンを起動させる。
こっちは、やる気満々だ。
なんだか対照的で、おかしくなった。
はじまりの鐘が鳴るまで、目を閉じる。
向こうの世界には、行けないかもしれない。
けれど、本当はもう行っているのかもしれない。
意識が遠のく。
目を開けると、鐘の音とともに朝の体操の音楽が流れていた。
子どもたちのラジオ体操と同じ音楽なのに、まったく違う気分になる。
セミの合唱が響くなか、身体を動かす。
どんよりとした曇り空。
それでも、始まった。今日という日が、確かに。
その前に、頭痛薬を飲む。
最近はこれが“出陣”前の儀式になってしまった。
ボスは子守でお休みらしい。
静かな空間。淡々と流れる時間。
「俺は、何をしているんだろうな」
午前中が、とにかく長い。
時間の進みが遅い。活気もない。
眠気が襲ってくる。
外へ出た。冷えた身体を夏の空気で温め直す。
やっぱり日差しは強い。刺すような光が、まぶたの裏まで焼いてくる。
うどん小屋の鐘まで、あと少し。
このまま眠らずにいられるだろうか。
ほんの少し油断したら、きっと向こうの世界に吸い込まれる。
「あぁ、俺はなぜ、ここにいるのだろう」
ギリギリで、うどん小屋の鐘が鳴った。
灼熱のなか、小屋には行列ができていた。
今日はなぜ、こんなにも多いのか。
長い列を耐えた先で、きぬねうどんを注文。
いつもは一枚の油揚げが、今日は二枚のっていた。
ラッキー。
あつあつのうどんで、エネルギーをチャージ。
帰り道も灼熱。
額の汗をぬぐいながら、空を見上げる。
空には雲。けれど、その奥に確かに太陽がある。
今夜は、プロ野球のオールスター。
最近は、スターと呼べる選手が少なくなった気がする。
全体のレベルが上がったからこそ、抜きん出る者がいなくなったのだろう。
スーパースターは、いつも海を越えていく。
このままでは、プロ野球も変わっていく。
野球だけじゃない。スポーツ全体のあり方が、変わっていく気がする。
夏の大会。高校野球も始まった。
そろそろ、甲子園の出場校も決まってくる。
いよいよ、本格的な夏が来た。
蝉の声、暑さ、空気の匂い。
すべてが、夏だ。
「夏休みが、欲しいな」
ゆっくりと、そうめんをすする。
冷たい麦茶を飲む。
そんな時間が、心のどこかでずっと鳴っている。
週の真ん中、水曜日。
あぁ、長い一日になりそうだ。
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