寝苦しい夜で、何度も目が覚めた。
夢の中で、俺はどこか広くて乾いた場所を歩いていた。
空はぼんやり明るくて、熱気が体にまとわりついてくる。
遠くのほうで、誰かが誰かと笑いながら話している。
水がない。そう思った瞬間、喉の渇きが一気にきて、呼吸もうまくできなくなった。
目を覚ますと、部屋は静かだった。
カーテンの隙間から光が差し込んでいて、日が昇ってるのがわかる。
枕元には、水の入ったコップが置かれていた。
その水を一口飲む。
冷たくはないけど、体が少し落ち着く。
月曜日の朝。
週の始まり。まだ眠気が残ったまま、俺は布団から体を起こす。
今日から新しい仕事用のズボンをはく。
きれいにたたまれたズボンに足を通しながら、「よろしくな」と小さく声に出してみる。
新しいものを身につけると、ほんの少しだけ気持ちが引き締まる。
鏡で身だしなみを整えて、車に乗り込む。
ラジオをつけると、歴史の話が流れてくる。
戦争の時代の話だ。
情報が少なくて、現場の混乱と上層部の判断ミスが、さらに状況を悪くしていったらしい。
それでも出てきた命令は「がんばれ」だった。
がんばれ。
それだけでなんとかなるような話じゃない。
でも、それが当時の精一杯だったんだろうなと、少し思う。
あの場所に着く。
梅雨が明けたばかりで、朝から気温が高い。
日差しが強くて、空気が重たい。
入り口で始業の鐘が鳴る。
今週も、また始まった。
あの場所の空気は少し重たい。
すれ違う人たちの表情も、どこかどんよりしてる。
みんな、週のスタートにまだ追いついてない感じだ。
今日は朝から会議がある。
でも実際は、会議というより“報告会”に近い。
上の人たちが話す内容には具体性がなくて、出席してるみんなもただ時間が過ぎるのを待ってるような雰囲気。
団結とか、方向性とか、そんなものは感じられない。
昼前になって、俺はうどん小屋へ向かう。
外はさらに暑くなってる。
歩いていると、汗が首から背中にかけてじわっと流れてくる。
うどん小屋には、新しいおばちゃんが立っていた。
俺は、いつものように裏メニューの「牛しぐれ煮トッピング」を頼んでみる。
おばちゃんは、戸惑うことなく牛しぐれ煮をうどんの上にのせてくれた。
初めて見る顔だけど、なんの違和感もなく対応してくれたのがうれしかった。
前のおばちゃんが、ちゃんと伝えてくれていたんだなと思うと、ちょっと安心する。
こうやって、どこにでも「伝えていく」ということはあるんだなと感じた。
あの場所に戻ると、メールが届いていた。
「来週から個人面談を始めます。若いメンバーの話を聞いてあげてください」
文面は短くて、少し唐突な印象。
理由や背景の説明もなくて、ただ「やってください」とだけ。
あの場所には、「伝統」って言葉があまり似合わない。
計画も長続きもしない。
なんとなくの空気でその場しのぎの対応ばかりが繰り返されてる。
でも、それもこの場所なりの“伝統”なのかもしれない。
いつも何か新しいことが突然始まる。それが、あの場所のやり方なんだろう。
来週の面談では、自分なりにちゃんと話してみようと思う。
何を言えばいいのか、どこまで伝わるのか、正直わからない。
でも、自分が昔言われてうれしかった言葉を、今度は自分の言葉として誰かに渡してみたい。
「がんばれ」
その言葉は、軽く聞こえることもあるけど——
今の自分なら、少しだけ重みを込めて言える気がしてる。
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