「思い描く内容がどんなものであれ、まだ起きていないのなら、それは妄想です。」
ーー草薙龍瞬『これも修行のうち』
日曜日の朝は、どこか空気が違う。
それは単に俺が二度寝したからかもしれないし、あるいは地球が今日はちょっと優しいモードになっているのかもしれない。
普段より二時間多く寝た。
おかげで体が軽い。窓を開けると、ひんやりとした風が部屋に入り込み、俺の顔を撫でた。
あぁ、これは山日和だな。決まりだ。今日は北の山地へ行こう。
出発準備は万端。
荷物は最小限、けれど心は最大級にウキウキしている。
山に向かう前に、少しだけ海を見ていこう。俺にはどうしても、それが必要だった。
海は今日も穏やかだった。
海鳥が鳴いている。まるで「いってらっしゃい」とでも言っているかのように。
ありがとうよ。じゃ、行ってくるわ。
車に燃料を入れていると、ふと気づく。
「あ、オイル交換の時期だっけな……ま、帰ってからでいいか」
こういうところが俺の“だいたい人生”の真骨頂だ。
日曜日の道は思ったより空いていて、北へと向かう道はひたすら真っすぐ。
気を抜くと心まで真っすぐ抜けそうになる。
最近の車は自動運転機能付き。
便利なもんだ。でも任せきりにしちゃいけない。
「結局、人生も運転も、自分の手でハンドル握らなきゃな」なんて、ちょっと名言風に考えてみたりして。
今日はラジオじゃなく、平成の懐かしソングを流してみる。
イントロが流れた瞬間、口が勝手に歌い出す。
不思議だよな。音楽って、記憶の押し入れから一気にいろんなものを引っ張り出してくる。
北の山地に着いた。
山は……暑い。想定外に暑い。
「おい、標高って涼しいんじゃなかったんかい」と小さくツッコミを入れる。
目的地のアウトドアショップは、まさに俺の“物欲の森”だった。
最新ギア、軽量テント、折りたたみ焚火台、コンパクトな非常食セット……
欲しい。全部欲しい。いや、必要だ。たぶん必要だ。もしかしたら必要になるかもしれない。
でも財布の中は現実を突きつけてくる。
「お前の予算は、火打ち石レベルだろ?」
くぅぅ……また来るよ、給料日後にな。
アウトドアショップを出ると、ほんのりスパイスの香りが風に混じって漂ってきた。
ふと顔を上げると、通りの向こうにスープカレーの店を見つけた。
歩き疲れた体に、その香りはやさしく誘ってくる。
ちょっとしたこだわりの店なのかもしれない。
看板には「※スープカレーは“カレー”ではありません」と書かれていた。
なるほど、そういう矜持なのだろう。
確かに、ただのカレーとは一線を画す料理だ。
たっぷりの野菜と、奥深いスープ。
スパイスの香りが立ち上がるその一皿は、食べものというより、ひとつの風景のようでもある。
北海道で生まれ、独自の進化を遂げたスープカレー。
これはこれで、ひとつの完成された世界なのだ。
俺は思う。
スープでも、カレーでも、その器に込められた想いがあれば、それでいい。
そして今、俺の目の前には、夏の元気がぎっしり詰まったその一杯がある。
あとは、じっくり味わうだけだ。
そして出てきたスープカレー。
スパイスの香りが鼻孔を直撃。スプーンを口に運ぶと——
「うまっ……辛っ……でも、うまっ!」
汗がじわじわ出てくる。
体の中がサウナになったような感覚。でもそれが心地いい。
外に出ると、太陽が本気を出していた。
アスファルトの上にモヤが立ちのぼり、夏の到来を高らかに告げている。
「おいおい、車が溶けるんじゃねぇか……」
そんな中、頼れる相棒は文句も言わず黙って走ってくれる。
灼熱のアスファルトをものともせず走り続けるタイヤ。そのたくましさに感動する。ほんとすごい。
こうして俺は、また海の見える街へ帰ってきた。
海を見ると、やっぱりホッとする。
今日はちょっと旅をしたような、でも確かに日曜日だった。
夏が始まった。
スパイスみたいに刺激的で、カレーみたいに熱い夏が来る予感。
よし、受けて立とう。
でもまずは、オイル交換しに行かないとな。
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