「二度考えるよりは、三度考える方がいい、というのが私のモットーです。そしてもし時間さえ許すなら、三度考えるよりは、四度考える方がいい。ゆっくり考えてください」
ーー村上春樹『騎士団長殺し』
鳥たちが朝から騒いでいる。
昨日で梅雨明けかと思ったら、夜から大雨。
最近の天気はほんと読めない。
気象庁も占いもだいたい外れる。
そんな中、俺はあの場所を目指して車を走らせる。
いや、流されるといった方が近いか。
ワイパーは最速、フロントガラスは滝のよう。
雨音で音楽もラジオもろくに聞こえやしない。
それでもラジオの語りがふと耳に入る。
「歴史は、どこで切るかで意味が変わるんです」
なるほど、時間をどう切るかで人の意識は変わる。
明治で切るか、昭和で切るか、平成で止めるか。
そして令和。なんだかいつも“間に合わせ”の国。
祖先を大切にして、未来をうっすら怖がる日本。
革新が苦手で、危機感だけは最先端。
そして得意技は、真似。なんでも“とりあえず真似”。
“カーボンニュートラル”も“エコ”も、流行語にして安心。
ふと我に返ると、海を眺めていた。
あいかわらずの雨、降り注ぐ大地の恵み。
雨が海に酸素を運ぶって、誰かが言ってたな。
生き物たちの文明と文化は、意外とこっちの方が深いのかも。
人間の進化が“頭でっかち”になった頃、
他の生き物たちは静かに、でも確実に時代に順応していた。
この雨の中、俺は20分かけてあの場所へ歩く。
傘もささずに歩く男がいる。
仕事に行くのか、魂の禊か、それともただの傘忘れか。
人間もよくわからない。いや、自分も。
朝食は、チェダーチーズを挟んだビスケット。
これがうまいんだよ、ほんとに。
読書しながら食べるのが至高。
今日はSF作品。
物語は、事故や事件が起きるたびに決まって現れる“観察者たち”の話だった。
彼らは実体がなく、空間の歪みにまぎれて群がる。
悲劇が起きると嗅ぎつけ、カメラのような目で記録し、興味が失せると潮が引くように去っていく。
登場人物の一人がこんなふうに言っていた。
「彼らは情報に寄生して生きている。
そして情報が腐敗すれば、それさえも美味とする」
まるで現代のSNSのようだ、と思った。
言葉を浴びせ、炎上させ、共有し、消費する。
“共感”と“断罪”が同じ指先から一秒で切り替えられる。
感情がコインの表裏のように軽くなった世界。
そのSFの世界では、そんな“観察者”の存在を国はあえて利用していた。
「情報の民主化」と称して、自らの意志をぼかし、大衆の“気分”という名の船に乗り換えたのだ。
本の主人公は、最後に言葉を失う。
なぜなら、もはや誰の言葉も“本当”ではないと気づいてしまったからだ。
言葉が空気のように流れ、流れることに意味を持ちすぎて、もう何も残らなかった。
本を閉じた瞬間、窓の外では太陽が顔を出していた。
あの雨の音が、まるで嘘だったように。
始まりの鐘が鳴る。
今日もまた、俺の物語が始まる。
気がつくと太陽が出ていた。
朝のあの雨はなんだったんだ。
装置の構造をホームページで検索する。
最近はこれが最強のマニュアルだ。
「JIS規格?あぁ、なんかあったね」という風潮。
ものづくり国家の魂が、PDFの奥で泣いている。
そしてニュースでは、「若者の車離れ、ますます加速!」と。
いや、それ、離れてるのは“若者”じゃなくて“国”の方だろ。
国の政策がまずハンドル離してる。
エコと安全を叫びすぎて、最近の車はなんだか“味がしない”。
燃費がよくて静かだけど、魂も静かだ。
加速のワクワク感?エンジンのうなり?
はい規制、はい安全基準。あとはシートヒーターですかね。
それでいて保険は二重取り。
「自賠責に加えて、任意保険もどうぞ」
いやいや、強制と任意が共存してるってどういうこった。
だったらどっちかにしてくれよ。
まるで“義務の自由”みたいな話じゃねえか。
さらに、税金のカラクリ。
買っても、乗っても、止めても取られる。
駐車場が高くて、税金も高くて、維持費も高い。
「じゃあ車、いりません」と言うと、
「最近の若者は夢がない」と来た。
夢の前に、現実を見てくれ。
昔の車は夢があった。見た目も走りも自由だった。
今じゃ「走る情報端末」って感じだ。
でも俺も今はハイブリッドカー。
「燃費がいいんですよね」とか言いながら。
そんな独り言をつぶやきながら、
俺は今日もうどん小屋を目指す。
すでに長蛇の列。
いつもいる“やれやれおじさん”が、
新人のおばちゃんに“謎オーダー”を連発して困らせていた。
こっちがやれやれだよ。
でもその“やれやれおじさん”、どうやら車とバイクが大好きらしい。
ガレージの話をしながら目を輝かせてる。
こういう人たちが、かつて日本の車を育てたんだな。
昭和、平成、そして…今はうどん。
今日もうどん小屋の味は変わらない。
出汁の香りと、コシのない麺が心にしみる。
「いつかはクラウン」、そんな夢を抱えながら、
俺は今日もまた、現実を走る。
ゆっくり、静かに、燃費よく。
コメント