「やってみないとわからないことはたくさんあるからな」
ーー宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』
やっと金曜日。
今週は体感で10日くらいあった気がする。いや、実際はまだ金曜。あと一日あるのが現実。
カーテンを開ける。
天気予報は雨だったが、空はまだ降り出していない。
外では小鳥たちが合唱している。どこまでも明るい。
ワイシャツに袖を通し、何気なく胸ポケットに手をやると……そこには、湿った、黄色い紙の塊。
まさかと思った。
慎重に広げてみると、見事なまでにバラバラ。
あぁ……うどん券だ。
先日買った10枚綴りのうどん券を入れたまま、ワイシャツごと洗ってしまったらしい。
「新手のジグソーパズルかよ……」と呟いたが、誰もツッコんでくれない。ひとりの朝だ。
これが「うどんを控えろ」という天からの啓示なのか?
それとも、ただの凡ミスか?
どっちでもいい。
今日のサブタイトルは決まった「うどん券の悲劇」。
さあ、今日もあの場所へ。
うどん小屋のある、戦場のような職場へ。
朝の一歩を踏み出すたびに、空気が変わる。
この場所には不思議な圧がある。重く、息が詰まりそうなほど。
「オラに元気を分けてくれ」と小声で呟き、職場へ足を踏み入れる。
昼休み。
俺は当然、うどん小屋を目指した。
うどん券は、もうない。でも、どうしても食いたい。
引き出しを開けると……そこに奇跡が起きた。
1枚のうどん券が、ひらり。
過去の自分が、未来の俺に残してくれた希望だった。
うどん小屋には、あの場所にいるたくさんの人が集まってくる。
疲れ切った目をした人。
「まだまだやれるぞ」と拳を握る人。
グチを言い合ってる人。
やたらとテンションが高い人。
そして名物・やれやれおじさん。
今日も、もちろん言っている。
「やれやれ……この間の天ぷら、衣しかなかったんだぞ」
「やれやれ……このツユ、ぬるいんじゃないか……」
毎日やれやれ言い続けているこの人。
あんたは承太郎か。
心の中で、全力でツッコんでおく。
でもみんな、手にしているのは紙のうどん券。
この令和に、紙。しかも結構しっかりした厚紙。
タイムスリップしたかのようなうどん小屋だけが、ホッとできる場所だ。
俺はカウンターにうどん券を差し出した。
そこにはもう、いつものおばちゃんの姿はない。
彼女が消えてから、もう数ヶ月。どこで何してるんだろうな。
戻ってきたら、この空気の変化に驚くだろう。
出てきたうどんはやっぱり今日も、コシがない。
でも、うまいんだ、これが。
朝の「うどん券の悲劇」はもう忘れた。
終わりよければすべてよし。
午後も頑張ろう。夜はプロ野球だ。
その前に……歯医者。俺の試練は続く。
やれやれだぜ。
コメント