「疲れを心の中に入れちゃだめよ」
「いつもお母さんが言っていたわ。疲れは体を支配するかもしれないけれど、心は自分のものにしておきなさいってね」
――村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
鳥の囀りで目が覚めた。月曜日だ。
重たい体をベッドから引きずり出しながら、窓の外に耳を澄ます。
セットしたはずの目覚ましは鳴っていなかった気がするけど、もう車が走ってる音がする。
街がまた動き出していた。
カーテンを開ける。昨日の余韻がまだ部屋に少しだけ残っていた。
気づけば6月に入っていた。今年も、半分が終わろうとしている。
思い返すとあっという間だった気もするけれど、重みはしっかり身体に残っている。
通勤途中、川を渡るとき魚が跳ねた。水面近くで、何かをついばんでいる。朝の食事だろう。
俺の今朝の朝食はナッツと干し葡萄。
意識高いようで、実はただ冷蔵庫が空っぽなだけだった。
職場に着く。静かな室内に、パチパチという音が響いていた。
音の正体については書かないでおこう。
ただひとつ言えるのは、おじさん、それは家でやってくれ、ということだ。
誰もやらない朝の体操。BGMだけが虚しく流れている。まぁ、人は人。俺は俺。
それでも、静寂の中にある違和感がじわじわと沁みてくる。
仕事のスピード。それは丁寧な証か、それともただ遅いだけか。
そんな議論が起きる。
言葉の奥にある小さな棘が、会議室の空気をピンと張り詰めさせる。
昼がきて、ふと思い出す。
あの社食のおばちゃん、今日は戻ってきてるだろうか。
食堂に向かう途中、工場の煙突から上がるモクモクとした煙が目に入った。
見るからに悪そうなにおいがする。
あれは絶対、体に悪い気がする。
とりあえず昼寝だ。
目を閉じると、深い夢に落ちていった。
あまりにも深く、あまりにも鮮やかで、
ひょっとすると、あれが本当の世界なんじゃないかと思えるほどだった。
夢の中で俺は何かを探していた。
何を探していたのか、目覚めた今では思い出せない。
ただ、確かにそこにもう一つの世界があった。
こことは別の場所で、こことは別の自分が生きていた。
夢の皮膜は薄く、儚く、それでもたしかな境界線を作っている。
疲れは体を支配する。
けれど、心は俺のままだ。
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